PROFILE
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES

05
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
タグふれんず

トノの音楽そぞろある記

歌と音楽に関するコンテンツです
戦レク@奏楽堂
0
    いくら生誕100年とはいえ、2日連続、年4回も「戦レク」を聴く(聴ける)とは!
    ここ数年、藝大フィルハーモア合唱定期はよほどのことがなければ欠かさず通っている、楽しみにしている行事だが、今年の演目が戦レクとは最近まで知らなかった。というわけで、大阪から帰るその足で、奏楽堂に向かった。

    指揮は札響でも振った尾高さん、万全だ。合唱も藝大生なので大いに本領を発揮してくれるだろう。気になったのはソリストだ。学内選抜か教授の推薦かわからないが、いずれにしても藝大のカンバンを背負って公演に臨むのだから、特に優秀な人材だろう。しかし、果たしてブリテンの大曲を歌えるだけの技術及び精神性を、今の時点で持っているかはわからない。言い換えればどんな優秀者が歌っても荷が重すぎるのではないか?という懸念だ。歌う技術以上に人間的な深みが求められるのだから...

    ほどなく演奏が始まった。不安げな音の後に続く、requiem requiem requiem aeternam...いい響きだ。少年合唱に続いて注目のテノールソロが始まった。正直「うーん...」と思った。緊張もあるだろうが、言葉の表情が硬い。言葉の意味が表現できていない。もう一段も二段も踏み込んで言葉が立つように表現しないと、作品の本質が伝わってこないぞー

    しかし!である。作品のカギを握る男性陣、緊張もほぐれてきたのか、次第に望みうる歌唱に変わってきた。昨日は大いに気になった offertoriumの「one by one」も隙間のないくらい二人の息がピタリとはまり、フィニッシュも完璧。見事だ!ソプラノの歌いっぷりも堂々としたもので、すでに何かしらのオーラさえ感じられる。舞台裏の少年合唱も随所で地上に降り注ぐ歌声を聴かせてくれる。
    しかし敢えていえば、指揮の尾高さん、かなり気を使っていたせいか、札響を振った時のような爆発力はいまひとつだったような気がする。

    終わってみればあっという間に過ぎ去ったとき。とても学生が演奏したとは思えないような充実ぶり。合唱は言うに及ばず、懸念していたソリストも想像を遙かに上回る出来。今日のような演奏、優秀な学生と分厚い陣容を誇る藝大でなければ成し得ないことだ。底力を垣間見た思いだ。
    カーテンコールが終わった後、シナリオどおりかアドリブなのか?尾高さんがマイクを握って話しはじめた。
    「終わった今だから言うが、この難曲のソロを学生が歌うのはちょっと心配だった。しかし、見事に歌いきってくれた。スゴイことです。藝大の力も凄い。今日の演奏でブリテンの思いが少しでも伝えられれば」
    尾高さんの率直な感想だろうが、マエストロ尾高にこうまで言わしめた演奏会だった。

    聴き終わって考えた。
    「レクイエム」のある意味で頂点をなすヴェルディの作品は文豪の死を悼んで作曲された。この「戦争レクイエム」も死を悼む気持ちは同じだが、「戦争によって死に至った者の死を悼み、平和を願う」と、より作品の主眼とするところが明確だ。
    古来から「争い・諍い」は人間の営みとともにあった。が、残念ながら、現代においても絶えず存在し続け、ますます非人道的な性格も増している「戦争」。それに対してレクイエムという形態をとって提示している作品。これほど同時代的なレクイエムはあるまい。20世紀という時代の傑作であり、今後も機会あるごとに繰り返し演奏されるべき性格をもった作品である。
    会場は満員の盛況(いままで何回か通ったがこれほど満員ではなかった)。学校関係者だから若い人も多いし、この作品を初めて聴く人も少なくないはずだ。そして演奏者も若い。
    今日の演奏会に集った若者がどういう感想を持ったかは正直わからない。しかし、これからの時代を担う若者にブリテンの傑作を通じて何かを感じてもらう機会になったことは事実だろう。その面からみても大いに意義ある演奏会だった。

    ふと、手元にあるブリテン指揮のCDの録音データに目がいった。「録音 1963年1月 ロンドン、キングズウェイ・ホール」
    奇しくも、ブリテン自ら指揮し録音した年から数えて、今年は50年目にあたる。

    〈データ〉

    藝大フィルハーモニア合唱定期演奏会
    2012.11.16(土) 18:30
    東京藝術大学奏楽堂

    ブリテン:戦争レクイエム

    ソプラノ:徳山 奈奈
    テノール:佐藤 直幸
    バリトン:堺 裕馬

    指揮:尾高 忠明
    管弦楽:藝大フィルハーモニア
    合唱:東京藝術大学音楽学部声楽科学生
    児童合唱:東京少年少女合唱隊

    【料金】 全席自由 2,000円
     

    P.S.
    これから本格的な「第九」シーズン。CD評が気になって、ケーゲル指揮、ライプチィヒ放送交響楽団の1987年ライブ盤を聴いてみた。これがなんとも幸せな気分になる演奏。シラーの詩とベートーヴェンの意図するところを忠実に再現したような、本来の第九の演奏ってこうなのでは?と思える演奏だ。詩の意味と音楽の表現が完全に一致して、頭の中に光景を思い描ける内容。もちろん好き嫌いはあるだろうが、第九=必死に歌うから感動、といった型にはまってしまっている方には特にお勧め。極端に言えば、日本でのこれまでの第九の歌い方・聴き方を根底から問い直す姿がそこにはある。
     
    | 声楽曲2013 | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
    戦レク@シンフォニーホール
    0
      「ぶらあぼ」を何気なく読んでいたら、大フィルが戦レクを演奏するとのこと。これは行かねば!ということで大阪へ。
      今年3回目の戦レク。それも全て日本人による演奏。下野さんの振りっぷりやソリストの皆さんの歌いっぷりがどんなものなのか、楽しみ‼もちろん、合唱の歌いっぷりも!

      まずはソリストではバリトンの久保さんが秀逸。終始安定した歌唱、声質も曲の求めるものにピッタリで、心地いい響き。
      合唱団も健闘。初めて聴かせていただいたが、ppからfffまで「音の塊」として鳴り響いていた(自分の座席は合唱にアラがあればすぐ目立つ、舞台真横)。指揮の下野さんも手堅い棒捌きで全体をまとめ上げた手腕はさすが。
      ここまで書けばさぞ感動的な演奏だったと思えるが...

      プログラムに、「大阪フィルからのメッセージ - 鎮魂の響」と題した小文が掲載されている。そこには「作品の持つ悲痛な叫びや静けさ、天上からの歌声等、ブリテンの卓越した表現力を体感を」とある。今回の演奏のために全ての奏者が努力をされたとは思うが、残念ながら主催者が意図したものは伝わってこなかった。
      個々の演奏をポイントで見れば優れた点もあったものの、聴き終わってみたら大きく目立った失敗もなかったが、際立ったものもない。難曲であるが故の点を考慮しても、プロオケが定期で取り上げる以上、何かが足りない。たぶんそれは演奏者それぞれが持つべき「作品への深い共感」ではないか。

      たとえば、なぜ独立した室内オーケストラがあるのか?一つのオケの限られたパートが男声ソロの伴奏をしているのとはわけが違う。男声ソロ+室内オケ、女声ソロ+合唱+メインオケ、そのふたつの集団が主張し合いつつ、一体として演奏し、融合するからこそこの作品は困難さを極めるし、だからこそそれが達成された時は誰をも圧倒する魅力を放つものとなる。今回の室内オケは自己主張が圧倒的に足りなかった。
      また、たとえば「Offertorium」でのテノールとバリトンの掛け合いは大きな聴きどころだが、最後の「one by one」は特に重要。ここはテノールとバリトンが一体のごとく、一寸の互いもなく言葉の入りと切りを合わせなければ締まりがないものになる。今回は発音も明瞭ではなかった上に、言葉の切り上げも合っていなかった。

      プロと言えども、毎回の演奏会の作品に共感することは困難であるのは理解できる。しかし、選曲する時に単に「ブリテン生誕100周年」だからという理由で決めたとは思えない。なぜ定期で取り上げるのか、何を発したいから取り上げるのか、周年だからこそ余計熟考し、これまで以上の努力を重ねることが必要であると感じた。今後の大フィルに期待を込めて。

      〈データ〉

      大阪フィルハーモニー交響楽団 第473回定期演奏会
      2013.11.15(金) 19:00
      ザ・シンフォニーホール

      ブリテン生誕100年記念
      ブリテン:戦争レクイエム

      指揮:下野 竜也
      ソプラノ:木下 美穂子
      テノール:小原 啓楼
      バリトン:久保 和範
      合唱:大阪フィルハーモニー合唱団
      児童合唱:大阪すみよし少年少女合唱団

      【料金】 C席 4,000円
      | 声楽曲2013 | 15:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
      ベルシャザールの饗宴@オペラパレス
      0
        ウタ友が出演することもあり、業界では有名なオラトリオである、ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」を聴いてきた。

        この曲を初めて聴いたのはコーラスにハマッてそんなに時間が経ってない頃。
        第一印象は「けたたましい!」そして「カッコイイ!」。確か、合唱譜まで買って、4分の5の変拍子の快感に浸ったけ...もうかれこれ四半世紀は経つだろうか...

        その当時は演奏されることはほとんどなかったように記憶しているが、うれしいことにここ数年だけでも3〜4回は演奏されている気がする。決して易しい曲ではないと思うが。

        兎に角、今日のメンバーも凄い!東フィルに、新国の合唱団に、指揮は先日の「戦レク」同様、日本での英国音楽の第一人者、尾高さん。否が応でも期待のカーブはあくまで右肩あがり。

        いよいよトロンボーンの咆哮の後、男声合唱だ!
        初めが肝心とは言うが、最初の数小節で曲の印象、演奏の出来具合が決まるといってもいい。
        「ウンウン!」という印象を期待したが、結果は「ウン???」だった。

        なにか違う。人数は約140名と申し分ないし、ましてやプロだ。圧倒的とは言わないがそれなりの音圧を感じると思ったが、全然音が飛んでこない。なにか舞台と客席の間にシルクスクリーンでも張ったよう。それは女声も同じ。音がくぐもっている。
        また、その印象とは別に、よーく聴いてみると、曲によってが合唱の歌いだしと終わり、縦のラインが揃っていない。100分の5秒ずれている感じだ。”管楽器打楽器大集合”の様を呈するこの曲で、切れ味鋭いナイフのように縦のラインが「スパッ」となっていないのは、曲の魅力を半減させてしまう。

        自分としては聴き終わった後の印象はいまひとつ。なぜそうだったかはあとで聞いた話でわかった。

        舞台上に反響板がなく、合唱団が一番苦労したそうな。パートや全体の声がほとんど聴こえずいつだれかが飛び出してもおかしくないような状態だったと...
        ああ、なんてこった!他のコンサートホールで聴いたら全く別印象だった可能性大だ。

        主催者の方へお願いだ。
        このコンサート、パンンフレットには「今年度の文化庁芸術祭オープニング 国際音楽の日記念」と銘打ってある。いわば「ハレの日」の特別な音楽。また、初めてこの曲を聴く人にとっては第一印象になる演奏。
        なぜ今日の会場になったのかわからないが、この会場でやるにしても移動式の反響板もあると聞く。
        合唱も細かいことはあるものの力演。オケもバンダも熱演、尾高さんもツボを得た、華麗な指揮ぶりだっただけに、できうれば演奏者も聴衆も、会場内全ての人が満足しうる、よりよい舞台設定を目指してほしい。

        パンフレットを再度眺めて気が付いた。今年はウォルトン没後30年の年でもある。

        なお、ユーチューブに去年のPromsで尾高さんが指揮した「ベルシャザールの饗宴」がアップされています。興味ある方は是非ご覧を!なかなかの演奏です(ああ、いつかこの曲を歌いたい!)


        〈データ〉

        平成25年度 文化庁芸術祭オープニング 国際音楽の日記念
        2013.10.1(火) 19:00
        新j国立劇場 オペラパレス

        ディーリアス:オペラ「村のロミオとジュリエット」より間奏曲〜楽園への道〜
        エルガー:コントラルトと管弦楽のための連作歌曲集「海の絵」
        ウォルトン:オラトリオ「ベルシャザールの饗宴」

        メゾソプラノ:加納 悦子(海の絵)
        バリトン:萩原 潤(ベルシャザールの饗宴)
        合唱:新国立劇場合唱団
        管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
        指揮:尾高 忠明

        【料金】 A席 3,000円
        | 声楽曲2013 | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
        戦レク@Kitata
        0
          ブリテン生誕100年の記念すべき年でもある今年、彼の大作「戦争レクイエム」を聴きたくて札幌まで行ってきた。6月の都響の演奏に続いて年2回も聴けるとは...さすがanniversary year!

          静かに流れる小川のように ”Requiem aeternam” が始まった...
          会場に響き渡った音、それは北の大地の大空のように澄みきっていた。なんと透明感に満ちているのか...いままで聴いたことがないクリアさ。
          次なるは児童合唱の"Te decet hymnus"。舞台裏から降り注ぐように、可憐ではあるが芯の通った響き。
          そのあと、全曲をリードすると言ってもいい、テノールによるオーウェンの詩の悲痛に満ちた朗誦が続く。。。

          そして最後の ”Amen"が終わったとき、静寂が会場を覆い尽くした。
          満ち足りた満足感。久方ぶりに感じる幸福感だ。6月の都響による演奏を遙かに凌駕する内容。
          オケ、ソリスト、合唱が高いレベルで融合した演奏はなかなかあるものではない。果たして日本でこれを上回る演奏は何年後に聴けるだろうか?この曲の日本での演奏史に新たなページを加えたといってもいい。最大級の賛辞を送りたい。

          印象深いのは、合唱ではパート間のバランスの良さ。
          一瞬たりとも、だれひとりとして、そしてどこかのパートが目立つことなく、合唱という”一つの曲づくり”に衷心から集中している。.Dies iraeや.Libera me 終曲の”Amen"はそうした姿勢の成果だ。当然ffであってもその一体感は変わらない。得てしてアマチュアにありがちなffでがなり立てることは微塵もない。これはできるようでなかなかできることではない。

          また、作品への理解度の深さもすばらしい。
          プログラムに目を落とすと、「札響合唱団からのお知らせ」というコラムに「ブリテンのメッセージを」とのショートメッセージが掲載されている。
          その中には「曲の全体構成から部分的な構造、その分析に基づくパートの役割、オーケストラと合唱の関係、詩の解釈、言葉の処理等々」「単に音をとるのではなく、雰囲気や世界観を感じとることが大切」とある。
          団員一人ひとりが、作品の持つ”なにかを伝えたい”という気持ちを持って、並々ならぬ努力をされたことが垣間見える。見事の一言に尽きる。

          ソリストも全員が曲に深い共感をもって演奏していることは、誰が聴いても明らかだ。しかし、中でも特筆すべきはテノールのTimothy Robinsonの歌いっぷりだ。
          楽譜は手持ちしているが気休め程度のもので、ほぼ暗唱。明るく伸びやかな声から迸る音楽は、若くして戦死したオーウェンが乗り移って発しているような感さえある。彼の経歴を見てもかなりの英国オペラを手掛けており、この曲は自家薬籠中の物のようだ。

          そしてこの難曲を見事にまとめ上げたのが、マエストロ尾高だ。英国音楽への長い経験と造詣の深さを考えたら、いまの日本でこの曲を振るのにマエストロに勝る人はいない。
          楽器の扱い、声楽の処理、そして作品としての一体感の保持、全体バランス。どれをとっても超一流だ。
          それはパート配置を見ても明らかだ。通常のレクイエム典礼文を担う合唱とソプラノは舞台奥の客席へ。オーウェンの朗唱を担うテノールとバリトン、それを支える室内オーケストラは舞台上手に一体配置。そして天井感を出す児童合唱は舞台裏へ。

          万感迫る演奏を聴いて考えた。

          正直いうと、今回の演奏会、聴くまではあまり期待していなかった。そもそも難曲だしオケはともかく合唱がどれほど歌いこめるか?という疑問が最後まで付きまとった。それは東京のアマチュア合唱団を聴いていればなんとなく想像がついた。失礼ながら「そこそこならば...」という感じだ。それがうれしくも見事に!予想を裏切られた。

          東京は国際都市。オケも数楽団が凌ぎを削っているし、アマも入れたら毎日毎日数多の演奏会が開催されている。それはそれで聴く側は選択肢も広がり嬉しいことだし、名演奏に巡り合える機会も格段に高くなるはずである。しかし、合唱に限れば今日のような満足いく演奏に巡りあえる機会は少ない。いわば供給されてはいるが、それらが理想に近い形で供給されているかだ。一方で、演奏会の絶対量が東京に比べれば圧倒的に少ない、大都市ではあるが地方都市で名演が聴けたのはなぜか?

          今回、おや?と思ったことに、合唱団員やオケ団員が入場した時の拍手がある。東京ではなかなか見られない光景ではある。
          演奏者も聴衆も一体となるとはこういうことなのか。”愛されてる感”がじわじわと伝わってきた。”わが街のオケ”が”私の友人知人”が一つの目標に向けて頑張っているから応援したい!とう気持ちの表れだろう。
          東京のオケにもフレンド組織はあるが、明らかに異なるものだ。目的としていることは同じかもしれないが、地に足がついている。たとえればJリーグのようだといってもいい。
          また、些細なことかもしれないが、プログラムの他に、別刷りの歌詞対訳も配布している。あくまで”聴衆目線”で企図されている。

          東京は様々なことに触れて何かのきっかけとするには最高の場所かもしれない。しかしその中で”これをやろう”と決めて、はぐくみ育てるのは、場合によっては地方のほうがより適しているのかもしれない・・・よき指導者やよき理解者とともにあれば。

          ”なぜあなたは歌っているのですか” ”なんのためにあなたは歌っているのですか”
          そんなことを考えさせられた演奏会だった。。。
          が、手帳を見て、次の練習箇所の言葉の捌き、できてないなあ...と嘆く?自分がいた。
          これが現実か???


          〈データ〉

          札幌交響楽団 第562回 定期演奏会
          2013.9.20(金) 19:00
          札幌コンサートホール Kitara大ホール

          ブリテン:戦争レクイエム

          ソプラノ:サビーナ・ツヴィラク
          テノール:ティモシー・ロビンソン
          バス・バリトン:シュテファン・ローゲス
          合唱:札響合唱団、札幌アカデミー合唱団、札幌放送合唱団
          児童合唱:HBC少年少女合唱団

          指揮:尾高 忠明

          【料金】 A席 4,500円
             
          | 声楽曲2013 | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
          戦レク@東京文化
          0
            ああ、やっと生演奏を聴くことができる!
            そんな気持ちで心待ちにしていた演奏会が、通称「戦レク」と呼ばれている、ブリテンの大作「戦争レクイエム」。
            一昔前なら、大作と呼ばれるものは10年に1回ぐらいあるかどうか?の演奏頻度。しかし戦争レクイエムもここ10年でみても3回程度は演奏されているような気がする。そんな機会を何度となく聞き逃してきたので、思いも格別。

            requiem_ requiem_requiem aeternam... 
            何者かに呼びかけるような合唱が始まった。それは安息を願うというより、恐怖に怯え、告発するかのようなささやき。精神が解き放たれるどころか、緊張を強いられる雰囲気だ。

            久しぶりに聞いて気が付いたことがある。ヴェルディのレクイエムとの共通点だ。
            まず、ソロも合唱も、ただ、美声であるいはffで歌っただけでは曲を再現したことにはならない。曲ならではの声の色が必須。歌うのではなく”語るように歌う”ことも求められる。
            また、室内楽的な響きも大事だ。編成が大きくなればなるほど、見た目聴いた目?の印象が先行しがち。でも本質はその対極にある。
            これらのことをどこまで実現できたかで演奏の質が決まる。

            さて、演奏はどうだったか。
            ソロはいま一歩の出来。オーウェンの詩の部分は切れ味鋭い、ズバッとした語りが圧倒的に足りない。場面によってはオケに埋没した箇所も。その分、オケとの緊張感をもったやり取りも感じられなかった。ソプラノも美声より語りに重きを置いた歌い方がほしいところ。
            合唱は健闘したが、欲を言えばもっと大胆なダイナミックさ、強弱や陰陽がほしい。
            大野さんの指揮も手堅くまとめた感があるが、もっと大胆な指揮でもよかったような気がする。それが各奏者の演奏ぶりにも出たのかもしれない。

            しかし、演奏会も時代を映す鏡の一枚。
            世界的にも不安定な時代。日中韓のソリストを招き、ブリテンのメッセージ性を持った音楽を一人でも多くの市民に伝えられた意義は大きい。そしてこの20世紀の傑作はこれからも絶えず演奏され続けなければならない。
            秋には札響がこの傑作を演奏するという。年2回も聞ける!と思ったら、今年は生誕200年のヴェルディやワーグナーに注目が集まっているが、ブリテンも生誕100年。時は巡る。


            〈データ〉
            東京都交響楽団 第753回 定期演奏会Aシリーズ
            2013.6.18(火) 19:00 
            東京文化会館

            ブリテン:戦争レクイエム

            指揮:大野 和士
            ソプラノ:リー・シューイン
            テノール:オリヴァー・クック
            バリトン:福島 明也
            合唱:晋友会合唱団
            児童合唱:東京少年少女合唱隊

            【料金】 A席 7,500円
            | 声楽曲2013 | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
            ヴェルレク@NHKホール
            0

              今年はヴェルディ&ワーグナーの生誕200年。日本でも関連の演奏会が何回演奏されるのやら。。。(所属の合唱団もヴェルレクやります!)
              そんな年の、あまたの演奏会のひとつである、N響のヴェルレクへ行ってきた。

              言わずもがな、この曲の肝はソロも合唱も力強く繊細な、ヴェルディ色の声を出せるかどうかだ。
              合唱は新国立劇場合唱団。150人はいるだろうか。人数的には申し分ない。

              音楽が流れ始めた、Requiem...
              指揮はセミョーン・ビシュコフ。Dies Iraeになっても決して気負わず、指揮ぶりもそれまでと変わることのない、冷静さ。最後までその堅実ぶりは続き、優秀な合唱とともに、全曲を飽きさせることなく一気呵成の演奏だった。

              ただ気になったのがソリスト。
              皆さん優秀で、部分的に聞けばもちろん凄さはあるものの、全曲を通じて、音楽を理解した上での一定水準の演奏かというと疑問符?の演奏だった。
              4人とも腰のあたりの高さの譜面台に楽譜を置いての演奏。一見した感じ、きれいに見えるが、時々下を向いたまま歌うのはどうなの?声が飛んでこない!

              ヴェルレクの難しさを思い知った感じだ。歌うのはなんとかできても、曲の持つ本質を表現するのは並大抵のことではない。それはプロでもアマでも。
              そういえば、この曲の理想的な演奏ってあまり聴いたことがないかも。


              〈データ〉
              NHK交響楽団 第1752回 定期公演 Cプログラム
              2013.4.20(土) 15:00〜
              NHKホール

              ソプラノ:マリナ・ポプラフスカヤ
              メゾ・ソプラノ:アニタ・ラチヴェリシュヴィリ
              テノール:ディミトリ・ピタス
              バス:ユーリ・ヴォロビエフ
              合唱:新国立劇場合唱団
              指揮:セミョーン・ビシュコフ

              【料金】 自由席 1,500円

              | 声楽曲2013 | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
              PR
              いらっしゃい!
              ブログパーツUL5
              Links
              SEARCH THIS SITE.
              MOBILE
              qrcode
              OTHERS