パルジファル@新国立劇場
- 2014.10.02 Thursday
- 23:22
これはただ事ではない。聴き終わったあと「ここはほんとにトウキョウなのだろうか...」との感慨が頭をよぎった。
満を持して新国立のオペラ芸術監督になったマエストロ飯守が、シーズンのオープニングに選んだ作品が「パルジファル」。
通はともかくオペラファンでも聴きなれているか?といえば、そうともいえない作品を持ってくるとは、並々ならぬ意欲と自信がなければできることではない。
オペラに演出はつきものであるが、これまではここで演出について触れたことはなかった。しかし、今回は触れないではいられない。
演出はハリー・クプファー。もはや説明はいらないだろう。深い洞察力に富んだ演出で世界的な評価を得ている。彼は今回の演奏に際してプロダクション・ノートにこう書いている。
「共苦によりて知にいたる」という「パルジファル」の鍵となる言葉がありますが、この言葉の中にこそ、キリスト教と仏教の原理があると私は考えます。「知にいたる」とは仏教の「悟り」です。「共感する」「同情する」という意味の「共苦」は仏教の根底にある思想だと思いますし、キリスト教にもある考え方です。...
...キリスト教の理念が一体どこで歪んでしまったのか、グルネマンツは真実を探し求めますが、彼をはじめ、登場人物たちは皆、苦しみに満ちた状況からの精神的な開放を求めて「道」を探しています。
この数行に彼の解釈の肝が集約されている。
幕が上がって目に飛び込んできたのは曲がりくねった「道」。いわば今日の演出の主役だ。
川にも見えるその道。上流からその道を通って光が生き物のように流れ込んでくる。その後は光輝いたり緑の平原になったり、あるいは有機的であったり無機的であったりと、人物の心模様や情景を光の移ろいで見事に描き分けている。
また、第1幕及び第3幕での物言わぬ僧侶の登場。「物言わぬ」とは何らかの暗示であり、「道」へ導く先導役なのだろう。「礼」をもって「道」を探し求めているものを迎え入れている。
シンプルであるが抽象的ではない。だれもが心の奥底に秘めているある種の「思い」を具現化した見事な演出であり、聴衆の圧倒的な共感を得た。
そこに加わったのが強力な演奏家たち。
作品の本質に極限まで迫られる稀有なソリスト陣。特にグルネマンツ役のジョン・トムリンソンの歌唱は圧巻だ。ここに書きながら思い出しても武者震いがする。神が宿っているかのような説諭的で骨太な歌唱。明瞭なその声は響き渡り、芯となって作品全体を揺るぎのない盤石感で覆い尽くす。
合唱陣もソリストに負けぬ素晴らしい出来。第1幕の「聖餐式」の場面では、まさに天の声が降り注ぐように、透明感あふれる至極の響きが会場に満ち溢れた。だれもが自然に手を合わせたくなるような心持ちにさせられる。
そして、マエストロの指示に的確に応え、自発的で重厚な音を紡ぎ出したオケも最大級に賛辞されていい。正直言うと、オペラ演奏にも優れ、マエストロとの関係も長いとはいえ、ワーグナーの演奏はどの程度なのかわからなかった。しかし、そんな懸念も吹っ飛んだ。管楽器が咆哮しても音自体はやわらかく、セクション間のバランスとも申し分ない。そして響きは「飯守ワーグナー」そのもの。改めて東フィルの底力を知った。
このような望みうる最高の演奏家や演出家を得て、マエストロ飯守の指揮は一瞬の躊躇もなく、最後まで冴えに冴えた。
お互いがお互いに触発され、更なるプラスのスパイラルを生み出し、最後まで見る者を飽きさせなかった。4時間を超える演奏時間だが「まだまだ見たい」という欲求が沸き起こる。
これほどまでに「歌」と「音楽」と「演出」が完全融合した、傑出した舞台は滅多に体験できない。それも、マエストロが言うように「西洋の精神史における一つの頂点をなす」「パルジファル」でやってのけたことが、ある意味驚異的だ。
聖地バイロイトの音とはどんなものなのか、聴いたこともないので比ぶべくもない。しかし、ワーグナーが今宵の演奏を聴いたら、きっとこう言うだろう。「日本でもなかなかの演奏をやるじゃないか」と。
2年前の東京文化での「パルジファル」も印象深いものがあったが、今日の演奏はそれをも上回る。今後、日本で今日を上回る「パルジファル」を上演することは可能なのだろうか???当面は困難極まりないと思える、それほどまでの演奏であった。
言わずもがなであるが、終演後のカーテンコールもどれほど続いただろうか...こんな演奏に立ち会えたことに感謝...
〈データ〉
2014/2015シーズン オペラ
2014.10.2(木) 16:00
新国立劇場 オペラパレス
舞台神聖祝祭劇 パルジファル
指揮:飯守 泰次郎
演出:ハリー・クプファー
アムフォルタス:エギルス・シリンス
ティトゥレル:長谷川 顕
グルネマンツ:ジョン・トムリンソン
パルジファル:クリスティアン・フランツ
クリングゾル:ロバート・ボーク
クンドリー:エヴェリン・ヘルリツィウス
合唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
【料金】 B席 19,440円
満を持して新国立のオペラ芸術監督になったマエストロ飯守が、シーズンのオープニングに選んだ作品が「パルジファル」。
通はともかくオペラファンでも聴きなれているか?といえば、そうともいえない作品を持ってくるとは、並々ならぬ意欲と自信がなければできることではない。
オペラに演出はつきものであるが、これまではここで演出について触れたことはなかった。しかし、今回は触れないではいられない。
演出はハリー・クプファー。もはや説明はいらないだろう。深い洞察力に富んだ演出で世界的な評価を得ている。彼は今回の演奏に際してプロダクション・ノートにこう書いている。
「共苦によりて知にいたる」という「パルジファル」の鍵となる言葉がありますが、この言葉の中にこそ、キリスト教と仏教の原理があると私は考えます。「知にいたる」とは仏教の「悟り」です。「共感する」「同情する」という意味の「共苦」は仏教の根底にある思想だと思いますし、キリスト教にもある考え方です。...
...キリスト教の理念が一体どこで歪んでしまったのか、グルネマンツは真実を探し求めますが、彼をはじめ、登場人物たちは皆、苦しみに満ちた状況からの精神的な開放を求めて「道」を探しています。
この数行に彼の解釈の肝が集約されている。
幕が上がって目に飛び込んできたのは曲がりくねった「道」。いわば今日の演出の主役だ。
川にも見えるその道。上流からその道を通って光が生き物のように流れ込んでくる。その後は光輝いたり緑の平原になったり、あるいは有機的であったり無機的であったりと、人物の心模様や情景を光の移ろいで見事に描き分けている。
また、第1幕及び第3幕での物言わぬ僧侶の登場。「物言わぬ」とは何らかの暗示であり、「道」へ導く先導役なのだろう。「礼」をもって「道」を探し求めているものを迎え入れている。
シンプルであるが抽象的ではない。だれもが心の奥底に秘めているある種の「思い」を具現化した見事な演出であり、聴衆の圧倒的な共感を得た。
そこに加わったのが強力な演奏家たち。
作品の本質に極限まで迫られる稀有なソリスト陣。特にグルネマンツ役のジョン・トムリンソンの歌唱は圧巻だ。ここに書きながら思い出しても武者震いがする。神が宿っているかのような説諭的で骨太な歌唱。明瞭なその声は響き渡り、芯となって作品全体を揺るぎのない盤石感で覆い尽くす。
合唱陣もソリストに負けぬ素晴らしい出来。第1幕の「聖餐式」の場面では、まさに天の声が降り注ぐように、透明感あふれる至極の響きが会場に満ち溢れた。だれもが自然に手を合わせたくなるような心持ちにさせられる。
そして、マエストロの指示に的確に応え、自発的で重厚な音を紡ぎ出したオケも最大級に賛辞されていい。正直言うと、オペラ演奏にも優れ、マエストロとの関係も長いとはいえ、ワーグナーの演奏はどの程度なのかわからなかった。しかし、そんな懸念も吹っ飛んだ。管楽器が咆哮しても音自体はやわらかく、セクション間のバランスとも申し分ない。そして響きは「飯守ワーグナー」そのもの。改めて東フィルの底力を知った。
このような望みうる最高の演奏家や演出家を得て、マエストロ飯守の指揮は一瞬の躊躇もなく、最後まで冴えに冴えた。
お互いがお互いに触発され、更なるプラスのスパイラルを生み出し、最後まで見る者を飽きさせなかった。4時間を超える演奏時間だが「まだまだ見たい」という欲求が沸き起こる。
これほどまでに「歌」と「音楽」と「演出」が完全融合した、傑出した舞台は滅多に体験できない。それも、マエストロが言うように「西洋の精神史における一つの頂点をなす」「パルジファル」でやってのけたことが、ある意味驚異的だ。
聖地バイロイトの音とはどんなものなのか、聴いたこともないので比ぶべくもない。しかし、ワーグナーが今宵の演奏を聴いたら、きっとこう言うだろう。「日本でもなかなかの演奏をやるじゃないか」と。
2年前の東京文化での「パルジファル」も印象深いものがあったが、今日の演奏はそれをも上回る。今後、日本で今日を上回る「パルジファル」を上演することは可能なのだろうか???当面は困難極まりないと思える、それほどまでの演奏であった。
言わずもがなであるが、終演後のカーテンコールもどれほど続いただろうか...こんな演奏に立ち会えたことに感謝...
〈データ〉
2014/2015シーズン オペラ
2014.10.2(木) 16:00
新国立劇場 オペラパレス
舞台神聖祝祭劇 パルジファル
指揮:飯守 泰次郎
演出:ハリー・クプファー
アムフォルタス:エギルス・シリンス
ティトゥレル:長谷川 顕
グルネマンツ:ジョン・トムリンソン
パルジファル:クリスティアン・フランツ
クリングゾル:ロバート・ボーク
クンドリー:エヴェリン・ヘルリツィウス
合唱:新国立劇場合唱団、二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
【料金】 B席 19,440円