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トノの音楽そぞろある記

歌と音楽に関するコンテンツです
都響@Wiener Konzerthaus
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    ウィーン第三夜。いよいよ海外で初めて日本のオケを聞くことになる。残念ながら都響とは縁がないが、なにか落ち着かないのはやはり日本人だからだろう。

    まずは、ドビュッシーの「海」。大好きな曲のひとつだ。一曲目の「海の夜明けから真昼まで」の入りや演奏内容はよかった、眼を閉じると表題の光景が浮かんでくる。しかし、二曲目の「波の戯れ」、三曲目の「風と海との対話」ではパート間での音のバランスが微妙にズレル状況が生じてしまった。それによって、楽曲のそのものの一体感が失われてしまったのは残念だ。一曲目で気合が入ったのはいいが、少し力みすぎて空回りした感がある。

    プロコフィエフはどうか。初めて聴く曲だったが、これはレーピンの独り舞台。オケもしっかりサポートしていたが、一言言えばより切れ味鋭い響きがほしかったところ。

    チャイコの4番。2曲目でサポートにまわり力みも抜けたのか、今日の曲目の中ではもっとも成功した曲。メランコリックなフレーズの、なんとしなやかでやさしい響きがしたことか。よく聴くと細かいミスが数箇所散見されたり、金管陣はもう少しやさしい響きでもよかったかもしれないとは思うが、それを補ってあまりある力演だった。

    異国に来て自らの演奏が一定の評価を受けることは大変な喜びに違いない。自分も聴衆の立場を離れてオケ側の立場に立てば、まずはほっと一息、胸をなでおろしたであろう。
    今日の演奏で欧州ツアーは終了のようだが、今後も益々の精進を期待したい。
    都響および関係者の皆様、お疲れ様でした。

    私もあっという間のウィーン滞在を終えて、明日は帰国の途。


    〈デ−タ〉

    Sonntag,23. November 2015 ,19.30 Uhr
    Wiener Konzerthaus , Großer Saal

    Claude Debussy: La Mer.Drei symphonische Skizzen
    Sergej Prokofjew: Konzert  fur Violine und Orchester Nr 2 g-moll op.63
    Peter Iljitsch Tschaikowsky: Symphonie Nr.4 f-moll op.36

    Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
    Vadim Repin: Violine

    Kazushi Ono: Dirigent

    【Preis】 EUR 34.00


     
    | オーケストラ2015 | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
    ブルックナー8番@オペラシティ
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      演奏を聴いて落涙したのはいつ以来だろうか。そして演奏に接した思いを書かずにはいられない強い衝動に駆られたのも久し振りである。

      ここ何回かマエストロ飯守の演奏に対しては正直物足りなさを感じていた。が、今日のブルックナー8番は聴く側の期待に対して真正面から応えてくれた、本来のマエストロらしい”極演”だった。

      第一楽章からその予感はあった。冒頭の不安気味なトレモロやその後にくるトゥッティで既に演奏に引き込まれていく。よく聴いてみると強振りや強弾きはないのに音が分厚いのだ。目の前の一音一音がしっかり鳴り、視覚の中に音が立って見えているような感覚を覚えた。
      第二楽章のスケルツォも好調。下手側の2階席から見たので低弦側がよく見えたが、普段冷静な弾きっぷり(だと思っていた...)のヴィオラトップ渡邊さんの「これでもか!」とも思える全身で弾く姿に納得。
      ”Adagio. Feierlich langsam, doch nicht schleppend”と記された第三楽章。楽章の途中でしばし目を閉じて聴いていると、純粋に音だけが心の中に自然に入り溶け込んできた。ふと日常の雑念が頭をよぎった時、救われたとの思いを感じる自分がいた...
      そして、第四楽章。冒頭、弦の4分音符の連打を聴いたとき、正直「来た、来た、来たぁー」との期待感に胸湧き上がる自分がいた。トゥッティでも音の強震もなく、極上のバランスを保っていることはこれまでどおり。そのため、”柔らかいが強い音”が芳醇な響きとなって会場を包み込む。フィナーレは嗚咽をこらえるのに精いっぱいだった。

      こうしてマエストロもオケも最後まで集中力は途切れず、壮絶極まる”極演”となった。
      耳の肥えた聴衆も何年かに一度といえる演奏に全身で衝撃を受けたのであろう。終演後会場は「おぉーおぉー」と人間の声とは思われない地鳴りのような歓声が交錯する、異様な興奮状態に包まれた。自分の感じたことが他の聴衆と共感できたのは何よりだ。

      今日のような極演を聴いて考えた。
      正直、シティフィルより技術的に上手いと思えるオケは日本の中でもある。しかし、「心に沁みる音楽を提供する」とは技術だけではなし得ない。必要なのは、曲に対する「共感」と演奏者同士の「信頼」ではないだろうか。

      15年の長きにわたって常任指揮者のポストにあって、苦楽を共にしてきた指揮者とオケ。特にドイツ系音楽への造詣の深さは自他とも認めるマエストロにオケが多くの薫陶を受けたことは想像に難くない。「共感」と「信頼」の醸成はゆっくりではあるが確実に進んでいった。
      そして常任退任。とはいえ、いや、離れたこそより客観的になって見えてくるものがあるはず。常任という、いい意味で頸木から解き放されて一皮むけた感覚。それが今日の演奏の一助になった面もあるやもしれない。
      今日の音はこうした、飯守=シティフィルがこれまで歩んできた道のりがあったればこそ出せた音であり、いくら超一流と呼ばれる指揮者とオケであったとしても、他では絶対真似できないことだ!だからこそ価値がある。

      世の中、スピード重視・効率重視・結果重視でなんでもすぐ結果を求めたがるが、オケも同様。日本のオケに限った話ではないだろうが、有名指揮者を連れてきて、短期間にオケの能力向上や集客効果を狙おうとする姿。興行である以上それは当然のことであるが、あまりに偏ると音が上辺だけを徘徊し、心の琴線まで到達する演奏ができないため、よき聴き手が離れていくような気がする。

      今後、常任指揮者の期間が10年を超えるようなことは考えられず、飯守=シティフィルのように「音をじっくり作り上げていく」姿は望むべくもない。しかし「良い聴衆が良い演奏家を育てる」ともいうので、われわれ聴き手ができることもある。それは先入観を捨てて聴くことだ。
      たとえば今日の演奏。仮に演奏者は公表せず、純粋に音楽だけを聴き、その後「さて、今日の演奏はどの指揮者とオケ?」という三択の問題。その中に海外の有名な指揮者やオケが入っていたら、少なからず海外組に票を入れる方もいるかと。
      今日一番気になったのは、7割程度の入りだったこと。満員でないのが不可思議だ。好き嫌いはあるだろうがいままで飯守=シティフィルの演奏を聴いたことがない方に一言。

      「一度聴いてみなはれ!ワクワクするから!」


      〈データ〉

      東京シティフィルハーモニック管弦楽団 第289回 定期演奏会
      2015.5.9(土) 14:00
      東京オペラシティ コンサートホール

      ブルックナー:交響曲第8番

      指揮:飯守 泰次郎

      【料金】 B席 4,200円



       
      | オーケストラ2015 | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
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