ついにマエストロヤノフスキによる「リング」も第3日を迎えることとなった。そしてそのフィナーレを飾るにふさわしい出来に酔いしれた。
ソリストは例のごとく粒ぞろい(ただただ、ジークフリート役を予定していたロバート・ディーン・スミスが体調不良で降板したのは残念。その代役のアーノルド・ベズイエンは水準以上であるのは確かだが、今日の出演者の中ではいま一歩)
中でも、最も印象的だったのはハーゲンを演じたアイン・アンガー。その何物にも微動だにしない、冷徹な容貌(あくまで劇中の話)から発せられる声は、誰もが望むであろう以上の声で聴衆を圧倒。威圧感に満ちた大柄な体格とも相まって、その存在感は抜群だ。
そのアンガーに容貌からは想像できない鋭い声で対抗したのがグンター役のマルクス・アイヒェ。長方形状のフレームのメガネをかけた姿は一見学者風、インテリ風とも見えるが、歌いだすとビックリ。アンガーとは別種の存在感ある鋭角的な咆哮は堂々とアンガーと渡り合った。
当然、ブリュンヒルデ役のクリスティアーネ・リボールも書きつられねばなるまい。よくもこれだけの長丁場を音が減衰することなく歌いきれるものかと。。。
また、このシリーズで常連となった、金子美香、秋本悠希、藤谷佳奈枝、小川里美の日本人歌手も称賛したい。もはや彼女ら抜きでワーグナーを演じることはできないくらい、声質がワーグナー色に染まっていて聴いていて心地いい。
一方、今回のシリーズで管弦楽を務めたN響。ドイツ系の音楽を得意とすると言われてきたが、今日の演奏も含めて、これほどまでに鋭角的な厳しい音、真によく響く分厚い音を聴いたのはもしかして初めてかもしれない。これは明らかにゲストコンマスのライナー・キュッヒル氏の影響と言っていい。
誤解を避けるために言っておくが、現在のN響のコンマスが云々ということではない。キュッヘル氏のオーケストラの中で鍛え上げた輝かしい経歴・経験そして絶えることのない向上心を見れば、世界中に彼の代わりになりうる人が何人いることか...
今回の座席は1階の4列30番台。キュッヘル氏とはちょうど対角線の位置関係にある。そのせいでもなかろうが、終始第一バイオリンの厳しい音が飛んでくるのが聴こえる。そして音がする方向を再度よく見てみると、キュッヘル氏がマエストロのわずかな動きも逃すまいという形相でマエストロを凝視しながら、あたかもキュッヘル氏の音しか聞こえないような、猛烈な勢いで弓をしならせている姿。また、次幕が始まるほんのわずかな時間も惜しまず、指の動きを何回も繰り返し練習している姿。
世界の指折りのレベルになれるのは、こうしたことの積み重ねなのだ。
しかし、そんなソリストやオケの力をいかんなく発揮させるような統率力で、最後まで澱みのない流れを作り続けたマエストロをなんと称賛したらいいのやら。終演後のカーテンコールもオケが引き揚げなかったら30分は続きそうなスタンディング・オヴェーション。
演奏会形式とは言え、こんなに充実した「リング」は当面聴けそうにない。過去四年間、年一回ではあるが夢のような時間を過ごせたことに感謝。
〈データ〉
東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.8
2017.4.4(火) 15:00
東京文化会館 大ホール
ニーベルングの指輪 第3日 《神々の黄昏》
指揮:マレク・ヤノフスキ
ジークフリート:アーノルド・ベズイエン
グンター:マルクス・アイヒェ
ハーゲン:アイン・アンガー
アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
ブリュンヒルデ:クリスティアーネ・リボール
グートルーネ:レジーネ・ハングラー
ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
第1のノルン、フロースヒルデ:金子美香
第2のノルン、ヴェルグンデ:秋本悠希
第3のノルン:藤谷佳奈枝
ヴォークリンデ:小川里美
管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:東京オペラシンガーズ
【料金】 A席 17,500円